2042年5月4日、千代田区三番町の弊社オフィスにて。
日本国民の4人に1人は75歳以上という超高齢化社会に突入。
遠い昔、高度成長期~バブル期に造成された、坂道を上るバス便の住宅地を買う人はもう誰もいない。
人口減に伴う税収減により、インフラを維持出来ない地域が点在。
鉄道やバスが撤退、陸の孤島状態になり、人が住まない民家に野生動物が巣食う。
東京都23区内に関しては、板橋・豊島・練馬区エリアが衰退する一方、湾岸エリアへの人口流入が依然として続いており、勝どき・晴海・月島エリアは職住近接の一大ベッドタウンとなった。
ただ、上記エリアでは、新築マンションはもとより、中古マンションの物件価格も高くなり過ぎて、会社勤めの一般家庭にはもはや手の届かない代物と化してしまった。
そこで、一般家庭の需要を一手に引き受けたのが江東区だった。この20年間で江東区は目覚ましい発展を遂げた。
一足先にブランド化していた豊洲は、東京メトロ有楽町線の豊洲・住吉間延伸工事完成により新たな次元へと進み、新宿・渋谷と肩を並べるほどの主要駅となった。
また、有楽町線新駅完成の恩恵を最も受けたのが、豊洲から運河を渡った塩浜・枝川エリア。数十年前までは倉庫ばかりのエリアだったこの一帯が、今では休日になると住民でごった返している。
同じく豊洲から運河を渡った先の東雲・有明・辰巳エリアも、今では超人気エリア。りんかい線で品川・大崎・渋谷方面に出たい人は、豊洲よりもむしろこちらのエリアを好んで買っているようだ。
その他、テレワークが当たり前になった今、駅までの距離を気にしない代わりに豊かな自然を求めるIT人材に人気なのが、木場公園周辺エリアと猿江恩賜公園周辺エリア。東陽町と住吉、やはりこの2駅も有楽町線延伸のおかげで発展した。
そして一番最後に、周りから影響を受ける形で、小名木川のリバーサイド一帯、大島・北砂・南砂エリアも昨今人気急上昇中だ。
先述した江東区の発展を下支えしたのが、中古マンション取引数の大幅な増加だ。
2022年の不動産取引の電子契約解禁以降、取引件数が爆発的に増えた。
「一生のうちに一度の買い物」という概念は完全に無くなり、マイホームの生涯取引回数は平均1人当たり3回を遂に超えた。
不動産業者との面談はZOOM等のオンラインミーティングで。手間をかけずに、気軽に取引出来るようになったことが大きい。
売主と不動産業者が共同で物件情報を作り込むことが主流となり、従来のような不動産業者対エンド買主の構図ではなく、売主買主のマッチングサイト及びアプリ上で不動産業者が手助けする構図だ。
役所調査もその殆どがオンラインで完結出来るようになったため、工数を大幅に減らして重要事項説明書と売買契約書の作成が可能に。
そして、契約書類をクラウドサイン等のシステム経由で電子契約締結するのが、今では当たり前になった。
この契約締結に至るまでの劇的な工数削減により、不動産仲介業務に手間がかからなくなってしまった。
そのため、売買代金×3%の仲介手数料をエンドユーザーに請求するのはもはや難しくなってきており、今では仲介手数料を低額かつ定額とするサービスが主流だ。仲介手数料ビジネスが崩壊したと言っても過言ではない。
この取引数増加に国も目をつけた。契約書に貼付する収入印紙税収が大幅に減少したこともあり、不動産売却による長期譲渡所得の譲渡所得税率(復興所得税含む)を15.315%から20.42%に、住民税を5%から10%に改正、合計30.42%の税率となった。
但し、依然として居住用財産の3,000万円特別控除(マイホーム特例)は存在し、丸々2年間住んだら売ってまた中古を買い替えるというライフスタイルが、日本にも定着するようになった。
ここまでがいわゆる「中間層」の動きで、日本では今、三極化がもの凄い勢いで進んでいる。
「富裕層」が好むような5億円以上の取引は、中間層の動きとは反対に、信頼できる不動産業者に高額な仲介手数料を払い、一切を任せる属人的かつクローズドな市場にますます変化した。コネが無い限り、成り上がりの金持ちでも踏み入ることすら出来ない市場だ。
最後に、「貧困層」の住宅市場は悲惨。
日本の年収の中央値は300万円を下回り、数十年前と比べ物件価格が高騰した今、マイホーム購入は遠い夢の話。
自身の年収が低く結婚する気にすらなれない男性、結婚相手にはある程度の年収を求める女性。
このミスマッチを埋める術もなく生涯未婚率は上昇の一途を辿り、貧困層の独身男性・独身女性の人口割合が増加。
男は力仕事の日雇い労働でもすればなんとか凌げるが、貧困層の独身女性及び非正規社員のシングルマザーに対し社会は冷たい。
保証会社を使い賃貸の部屋を探そうにも、与信が弱すぎて殆どの物件は審査アウト。
高齢者の住まいも深刻で、介護人材不足で入れる介護施設も無く、市営住宅に入りたくても抽選が毎回高倍率ですぐには入れず。
そして、この最後のセーフティネットの役割を担ってきた市営住宅も、人口減に伴う税収減で今後は維持が困難。
市営住宅を新築することなど自治体には到底無理、それどころか耐震性に問題がありこれ以上住み続けるのは危険だとして、既存の市営住宅を解体するために、むしろ立退きをお願いするフェーズに突入。
市営住宅を出ようにも、民間の賃貸は室内で孤独死されるのが恐く、高齢者の審査は相変わらず厳しい。いったい彼らの受け入れ先はあるのだろうか。
そして、こうして社会の枠から追い出された生活弱者が集まり住むようになったのが、駅から程遠いバス便の旧分譲地にある誰も住んでいない空き家。一部を改修し、赤の他人同士、一つ屋根の下で共同で暮らし始める。江戸時代の長屋のようなものだ。
2042年、日本は深刻な格差社会。
おわり
※2022年5月4日に妄想して書いたものであり、全てフィクションです。