不動産を売りたい
でもなかなか売れない
不動産とは、文字通り普段は動かない(つまり不動)だから不動産なのです。そして不動産を売りたいと考えた時、2つの事実が浮き彫りになります。
「自分の不動産は売れるのか?」
「自分の不動産はいくらで売れるのか?」
という2つのポイントです。
そこでこのシリーズでは、不動産取引事例を紹介しながら「売れるか売れないか?」「売れないならどうすればいいのか?」「いくらで売れるのか?高く売れないならどうすれば価格を引き上げることができるのか?」といったポイントを解説していきます。
私は銀行員として、数え切れないほどの不動産を見て、現地に足を踏み入れ、値段を査定してきました。
そうした「銀行の中の人」の説明なので、不動産を売りたい人や、不動産購入・不動産投資を検討している人は、ぜひ参考にしてください。
それでは2つ目の事例「共有で不動産したらどうするか?」について解説していきます。
売買する前の状況
売主 | 兄弟3人 |
建物 | 兄弟3人で共有で相続したアパート1棟 |
売却までの期間 | およそ9ヶ月 |
状況
- 資産家の父の遺言に従い、アパート一棟を兄弟3人で相続。遺言には遺産分割について、「子ども3人、3分の1ずつで共有で相続すること」と事細かく記載があった。その後父が死亡し、アパートは兄弟3人のものとなったが、その時同時に新築時のローン1億円が残っており、それも引き継ぐことになってしまう。 そこで兄弟の一人が「ローンは嫌だ」言い出したことをきっかけに、言い争いが発展。「足並みを揃えるのは無理だから売却しよう」という結論に至った。
取引成功までのステップ
今回紹介するケースは、相続と不動産の問題です。
売買や賃貸借と違い、相続では血縁者同士の同意、協力が欠かせません。これも裏を返せば近しい間柄だからこそ、暗礁に乗り上げたり、諍いに発展したりしたときは、文字通り「骨肉相食む」事態にも発展しかねないのです。
俗に相続で家族が揉めることを「争続(あらそうぞく)」などと呼ぶのはこのためです。
では、問題の解決と最終的な目標である売却にたどり着くまでに、どういったステップを踏んでいったか、順を追って説明していくことにします。
- 《話し合い》納得行くまで話し合う。そして最後にはまとめ役が不可欠
- 《金融機関への相談》ローンがあると、金融機関の承諾が欠かせないケースもある
- 《相談・依頼》専門家の力を借りて対策を実行する
ステップ1.《話し合い》納得行くまで話し合う。そして最後にはまとめ役が不可欠
近しい間柄だからこそ、膝を突き合わせて納得行くまで、何回でも何日でも話し合うことが結局は近道になります。
この家族は幸い全員が近くに住んでいたので集まることができました。
そして「問題をなんとかしたい」という点では、兄弟全員の気持ちも一致していたのです。
それでも話し合いは何回も、何ヶ月も重ねていくことになり、やがて暗礁に乗り上げたように話し合いでも解決の糸口が見えなくなりかけたそうです。
しかしある日の話し合いでの母の発言から風向きが少しずつ変わっていきました。
「それぞれ事情や言い分があるのはわかる。でもまとまるにはお互いが『一歩引く』ことも重要」
「このまま家族・兄弟の円を断ち切るか?それとも解決まで協力あって絆を残していくか決めなさい」と最後通告し、兄弟も思い返してお互いすり合わせるよう話し合いの雰囲気が一気に変わっていきました。
このように相続は、家族だからこそまとまりにくいという側面もあります。そのため話の「まとめ役」が大事になってくるのです。
ステップ2.《金融機関への相談》ローンがあると、金融機関の承諾が欠かせないケースもある
相続した不動産でも、ローンと担保がある場合は、売却するためには金融機関の承諾が必要になります。(実務面から言うと売却は「所有権の移転」という登記で、所有権移転登記自体は、金融機関の承諾がなくてもできます。なぜかといえば、担保がついたままの不動産を買う人など、普通はいないからです)
今回のケースでは全部売却し、売却金を受け取った3人が共同して物件に残っているローンを全額完済するという約束のもと、金融機関の承諾を得ることができました。
ローンが残っていて、銀行の担保になっている時、売却の入り口部分から銀行に相談しておかないと、話が進んだ時点で銀行から手続きに対してストップがかかったり、変更を求められたりすることがあります。
これは銀行側も融資があり担保もあると言う事態から、自社のルールや手順があるからです。
私も過去の、今回と同じ用にローンが残っているお客様の相続で、事前相談なしで売却寸前になって初めて相談を受け、銀行側の立場として変更などをお願いした経験があります。
この時は軽微な方向修正程度ですみましたが、最悪の場合には、売却自体を白紙に戻す要求をされる可能性もありますので、注意してください。
【解説】不動産の共有持分だけの買取りについて
今回のケースでは、話し合いに業を煮やした1人が「自分だけでも、共有持分の買い取りをしてもらおうと、専門業者に相談するつもり」といった話も出ました。
この記事でも取り上げたように、様々な事情で共有不動産を処分したいと考えている人がいます。
そういった人のために、その人の共有持分だけを買い取りする不動産業者もいます。
ただし、買取った業者はそのまま使う意図はなく、ほとんどのケースで、買い取った持分をほかの共有者に買取るよう求めてくることが予想されます。
買取業者の中にも悪質な会社があるようで、トラブルも発生しているようなので、利用も含めて慎重に考えることをおすすめします。
また共有持分だけの買取は、金融機関が同意するかどうかも分かりません。こちらも必ず、事前に相談するようにしてください。
ステップ3.《相談・依頼》専門家の力を借りて対策を実行する
今回のケースでは、亡父が公正証書遺言を作った時の弁護士と交流があったので、そのまま弁護士に相談を持ち込みました。
弁護士は、知己の司法書士、税理士などと連携して一つのチームを作り、問題の整理から解決策までを立案してくてれました。その過程で銀行側の私とも連絡を取り合い、解決策を積み上げていったのです。
トラブルの回避方法
今回、トラブルを回避する方法としては、「遺言通りに相続するか?を話し合った」「共同で売却する」をいくつか説明します。
回避方法1.「遺言どおりに相続するか?」を話し合った
まず、相続人全員で「このまま遺言どおりに相続をするべきか?」をもう一度話し合うことにしました。こちらは不動産と少し方向が違うので、簡潔に説明します。
実は、「遺言どおりに相続しない」こともできる
・正当な遺言があるからと言って、絶対に遺言を守らないと行けない訳では無い
・相続人全員の同意があれば、遺言とは違う形で遺産を分割できる
・遺言どおりにしないことで罰則を受けることはない。ただし遺言を隠したり(隠匿)書き換えたり(改ざん)すると刑事罰を受ける可能性があるし、相続人としての立場を失う(相続人欠格事由に該当)ことにもなりかねない
(*例外規定もありますので、専門的な部分は必ずご自身で確認してください)
今回のケースでは、問題となったアパート以外の相続については全員が納得していました。
そして問題となったアパートも売却で解決できる見通しが立ったので、遺言書通りに相続することとなりました。
遺言があっても相続人に不利益や不公平が生じる場合には、違った形で相続できる可能性もある。この点はぜひ覚えておいてください。
回避方法2.共同で売却する
こちらは複雑なものではなく、子供3人が共同で売主となり、抜け駆けなし・足並みを揃えて売却するというものです。
一般に売り主が3人など複数の場合には、代表して1名が売買代金を一旦受取って、そのあと売り主の間で分配するという流れになります。
当然ながら持ち分と同じ割合で分けないと税金が発生することにもなります。今回のケースは、相続人がお金で揉めたわけではないので、代金の分配などはスムーズに終わりました。
そして、売買代金でローン残額に足りない部分も、それぞれが相続した預金などで、税金面も税理士に相談するなど、問題が残らないように最後まで解決策を実行することができました。
事例から学ぶ成功の秘訣
今回の事例から学ぶことができる成功の秘訣は2つあります。
- 相続人同士の揉め事は相続人のあいだで解決するのが一番
- 「プロの力・チームの力」で問題を乗り越える
成功の秘訣1.相続人同士の揉め事は相続人のあいだで解決するのが一番
不動産とは文字のとおり「不動」つまり動かないのが普通で、それが動くときは「売り買いするとき」「担保で取り上げられるとき」そして「相続するとき」など限られています。
そして相続では揉めることも少なくありません。
銀行員としての経験から申し上げれば、相続で揉めない家のほうが少ないと思います。
もちろん問題の大小や根の深さなど違いがありますが、基本的に言えることは、相続は家族間の問題なので、結局は家族間で解決するのが一番だと銀行員の私は考えます。
問題が解決せず長期化、あるいは話し合いが紛糾すれば訴訟に発展することもあり、そうなってはもう家族の絆などは途切れてしまうでしょう。
成功の秘訣2.「プロの力・チームの力」で問題を乗り越える
前回の記事でも「頼れるプロの力を借りる」と紹介しました。これに通じる部分もありますが、今回のケースでは頼れるプロがチームを組んで解決にあたってくれたことです。
不動産の相続では法律だけでなく、税務面や登記について、など多角的に問題解決をしなければならないからです。
今回は、弁護士さんが主導して専門家を集め、チームで解決に向けて力を出し合ってくれました。
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まとめ
今回は相続で起きる不動産のトラブルについて解説してきました。
解決のポイントは、実権者が相続人間で話し合いをまとめ上げたことと、頼れるプロがチームで解決にあたってくれたことです。
手続きが終わったあと、長男と話す機会があり、こんなことを話されました。
「我が家は古くから続く家で、父も相続で苦しんだことがあると聞いていた。そんな父が、わざわざ争いのタネを残すのは不自然だと考えました。でもそのとき、もしかしたら、あえて兄弟3人の共有として、私達が揉めるか揉めないか?揉めたならどうやって解決するか?を試すためにやったことではないか?とも思えたのです。」
自身が相続で嫌な思いを経験した父が、あえて争いの種を残し、それでも乗り越えてくれるはずだと考えていたなら?今となってはわかりませんが、今でも記憶に残る経験の一つです。